始まり
【回想】勇気いるわ
- 2006.06.06 Tuesday
- ハウジング > 始まり
前回の続きだが・・・
もうひとつ、乗り気でなかった理由がある。
それは・・・
その時期の相方は、とにかくなにか動きたくてうずうずしていたとおもう。
なんでもいい、家造りに関することを、具体的に、一歩動きたかったとおもう。
だから、ハウスメーカーの看板を見れば無差別に、条件反射的に、見に行こう、入って話を聞かなきゃ始まらない、と。
モデルルームに入って話を聞けば、当然、こっちの身元を教えることになる。そうしないと話が先に進まないからねえ。
それが、いややったのね。
その後の、営業マンの電話&訪問攻勢が、いややった。
ここで建てても良いな、と覚悟の出来ている業者なら、必要なことだが、どーでもいいところに、つきまとわれたくなかった。
実は、一戸建て建築に決定する以前、マンション購入も検討したことがあって、サー●スマンションのモデルルームにお邪魔したことがある。
サーパ●に限らずマンションモデルルーム訪問はそれ一回限りだし営業マンとの面と向かってのコンタクトも以後は皆無なのだが、
電話やお手紙が、しつこく続いた。ご検討頂いていると思いますがその後いかがですか?という感じの電話、それから、モデルルームに来られた方限定で破格の値段で販売しますという葉書。
そういえば、半年経ったいまでは来ないね。
こーいう、無駄な対応は最少限度に留めたかったので、モデルルームには、ほんとにそこで建てても良いと思える、本気の候補業者以外は、行かないようにした。
もうひとつ、乗り気でなかった理由がある。
それは・・・
その時期の相方は、とにかくなにか動きたくてうずうずしていたとおもう。
なんでもいい、家造りに関することを、具体的に、一歩動きたかったとおもう。
だから、ハウスメーカーの看板を見れば無差別に、条件反射的に、見に行こう、入って話を聞かなきゃ始まらない、と。
モデルルームに入って話を聞けば、当然、こっちの身元を教えることになる。そうしないと話が先に進まないからねえ。
それが、いややったのね。
その後の、営業マンの電話&訪問攻勢が、いややった。
ここで建てても良いな、と覚悟の出来ている業者なら、必要なことだが、どーでもいいところに、つきまとわれたくなかった。
実は、一戸建て建築に決定する以前、マンション購入も検討したことがあって、サー●スマンションのモデルルームにお邪魔したことがある。
サーパ●に限らずマンションモデルルーム訪問はそれ一回限りだし営業マンとの面と向かってのコンタクトも以後は皆無なのだが、
電話やお手紙が、しつこく続いた。ご検討頂いていると思いますがその後いかがですか?という感じの電話、それから、モデルルームに来られた方限定で破格の値段で販売しますという葉書。
そういえば、半年経ったいまでは来ないね。
こーいう、無駄な対応は最少限度に留めたかったので、モデルルームには、ほんとにそこで建てても良いと思える、本気の候補業者以外は、行かないようにした。
【回想】初めは乗り気ではなかった
- 2006.06.05 Monday
- ハウジング > 始まり
いやー、風呂上がりが暑い!
ようやく、初夏の陽気になったんかいな。朝も寒くはなかったし。そのかわり職場では汗だくだがね。
今回も、回想シリーズ。時期的には10月下旬のころです。
このころになると、すっかり住宅熱に侵された相方さんは、展示場へ行こう、ハウスメーカーへいこう、とやかましく、ハウスメーカーの看板を見たら、条件反射的に、あそこいこう!とお強請り(←「おねだり」を漢字変換したらこんな字にw)するようになった。
だが・・・おれはちっとも乗り気ではなかった。
そりゃあ、前回書いたように、そろそろなんらかの手を打たねばならぬ。まだ4年あるとはいえ、そんなのあっというまに過ぎてしまう。それはわかっているのだが・・・
実はこのころ、父親が大病を患い入院→手術、という状況だった。
まだ働いてはいるが、もう60を超えている。心臓病なので、身体障害者になってしまった。こうなると、仕事はどうなる?
60超えてまだ仕事している理由は、10年前の実家増改築の借財がまだ残っているから。
母親も仕事しているし、実家には弟が居る。弟は30歳過ぎて独身ではあるが立派に社会人としてやっているので、放って置いても問題ないだろう。
が、放置する気には、どうしても、なれなかった。
おれ、長男なんです。諸般の事情(という書き方したら特殊な事情でもあるような感じがするが)により、高校出てすぐ実家を出ている。
以来、10年以上経つ。ずーっと出ていたわけではなく、数年ほど戻っている時期もあった。そのころに、実家は増築している。
ハッキリとはされていなかったが、俺が帰ってきたから、増築したのは間違いない。
家継いでくれると思ったんだろうな。
だが、こっちはそんな気はない。機会を見付けて、再び出てしまった。
それいらい、何となく別居生活。だけど、別に親子の縁を切ったわけではないから、月に一度は顔出しに戻ったり。
んなもんで、そこで病気になられると・・・おれこのままでいいんかい?と、考えるわけですよ。
そこで、家建てるぞいえー、とか言われても、気乗りしなかった。
その後、すったもんだがあって、実家の方ではこっちで家建てることについては認めてくれた。
ただ、病気して借金返済大変なときに何にも出来なくて、子供として申し訳ない気持ちはある。
しかし、無い袖は振れない・・・・・
ということで!
宝くじ当てたら半分を実家に進呈してそれで借金チャラにしてもらって親孝行♪(←ダメムスコの例)
ようやく、初夏の陽気になったんかいな。朝も寒くはなかったし。そのかわり職場では汗だくだがね。
今回も、回想シリーズ。時期的には10月下旬のころです。
このころになると、すっかり住宅熱に侵された相方さんは、展示場へ行こう、ハウスメーカーへいこう、とやかましく、ハウスメーカーの看板を見たら、条件反射的に、あそこいこう!とお強請り(←「おねだり」を漢字変換したらこんな字にw)するようになった。
だが・・・おれはちっとも乗り気ではなかった。
そりゃあ、前回書いたように、そろそろなんらかの手を打たねばならぬ。まだ4年あるとはいえ、そんなのあっというまに過ぎてしまう。それはわかっているのだが・・・
実はこのころ、父親が大病を患い入院→手術、という状況だった。
まだ働いてはいるが、もう60を超えている。心臓病なので、身体障害者になってしまった。こうなると、仕事はどうなる?
60超えてまだ仕事している理由は、10年前の実家増改築の借財がまだ残っているから。
母親も仕事しているし、実家には弟が居る。弟は30歳過ぎて独身ではあるが立派に社会人としてやっているので、放って置いても問題ないだろう。
が、放置する気には、どうしても、なれなかった。
おれ、長男なんです。諸般の事情(という書き方したら特殊な事情でもあるような感じがするが)により、高校出てすぐ実家を出ている。
以来、10年以上経つ。ずーっと出ていたわけではなく、数年ほど戻っている時期もあった。そのころに、実家は増築している。
ハッキリとはされていなかったが、俺が帰ってきたから、増築したのは間違いない。
家継いでくれると思ったんだろうな。
だが、こっちはそんな気はない。機会を見付けて、再び出てしまった。
それいらい、何となく別居生活。だけど、別に親子の縁を切ったわけではないから、月に一度は顔出しに戻ったり。
んなもんで、そこで病気になられると・・・おれこのままでいいんかい?と、考えるわけですよ。
そこで、家建てるぞいえー、とか言われても、気乗りしなかった。
その後、すったもんだがあって、実家の方ではこっちで家建てることについては認めてくれた。
ただ、病気して借金返済大変なときに何にも出来なくて、子供として申し訳ない気持ちはある。
しかし、無い袖は振れない・・・・・
ということで!
宝くじ当てたら半分を実家に進呈してそれで借金チャラにしてもらって親孝行♪(←ダメムスコの例)
【回想】きっかけ
- 2006.06.04 Sunday
- ハウジング > 始まり
6月に入り、床や外壁がつき始めたこの頃ですが、ここで突然の、回想シリーズ開始!
というのは・・・
建築の現場レポート的なブログは多数あるけど、業者選定の顛末まで事細かに記したブログって、そんなにない。
そういえばうちも、そこまで詳細には書いてなかったな、ということで・・・
いまさら数ヶ月も前のことを書くのもアレなような気はするが、まあいいや、やってまえーw
まずは、家造りを決断するに至った経緯から。
うちら、2000年初頭に結婚しまして。それから今日まで、会社の社宅に住んでます。
社宅と言っても、ふつーの2DKアパート。民間のアパートを会社が一棟まるまる借り上げたものです。
ここなら家賃は格安、会社はちかい。なにかと煩わしさを感じる地域の行事や近所つき合いも皆無に等しい。(それはそれで寂しいことだが)
気楽なのはいいのいだが、期限っちゅうものがあるんです。
会社の規則で、社宅には最大10年間しか入居できません。ってことは、2010年年明け早々には退去しなければ行けません。
じゃあ退去後は別の社宅に・・・というわけにはいかない。社宅そのものの入居期限が10年だから、たとえば東京にでも転勤して、いまの社宅から現地の社宅に移ったとしても、期限は2010年頭。
まあ、遠方への転勤の場合は、例外措置もあるんだけど、原則、そういうことになっている。
で、2005年の正月、だったかな。社宅もあと5年しかいられないし、そろそろ持ち家を考えないと・・・というのが発端だけど、実は結婚当初、社宅ではなく、いきなり一戸建て建てよう!なんて言い出したこともあった。
結婚前に一戸建てを建てるのは、いま考えれば危険きわまりないことなので、やめておいて正解だった。
金銭的にもアレだが、お互いの生活リズムや考え方がよくわかっていない新婚当初に家なんか建てたら、使い勝手の面で絶対に後悔する。とくに奥さん不満爆発と思われる。
ま、そういうことで結婚当初から、不動産の広告とかインターネットの情報サイトはよく見ていた。
といっても、本気で家を建てると決断したわけではないから、なんとなく眺めていただけではあるが・・・
で、2005年。
相方の友達が一戸建てを建築することになった。これに触発された相方が、そういえばうちも建てるんじゃなかったのかーと騒ぎだした。
まずは、情報の収集と言うことで、本屋に行って、参考になりそうな本を買ってくる。
建築の実例が豊富なこれ(の2005年度版)とかこれ(の2005年度版)とか。
だいたい2005年の夏から秋にかけての時期かな。このころは、相方の方が、熱かった。
そして・・・
というのは・・・
建築の現場レポート的なブログは多数あるけど、業者選定の顛末まで事細かに記したブログって、そんなにない。
そういえばうちも、そこまで詳細には書いてなかったな、ということで・・・
いまさら数ヶ月も前のことを書くのもアレなような気はするが、まあいいや、やってまえーw
まずは、家造りを決断するに至った経緯から。
うちら、2000年初頭に結婚しまして。それから今日まで、会社の社宅に住んでます。
社宅と言っても、ふつーの2DKアパート。民間のアパートを会社が一棟まるまる借り上げたものです。
ここなら家賃は格安、会社はちかい。なにかと煩わしさを感じる地域の行事や近所つき合いも皆無に等しい。(それはそれで寂しいことだが)
気楽なのはいいのいだが、期限っちゅうものがあるんです。
会社の規則で、社宅には最大10年間しか入居できません。ってことは、2010年年明け早々には退去しなければ行けません。
じゃあ退去後は別の社宅に・・・というわけにはいかない。社宅そのものの入居期限が10年だから、たとえば東京にでも転勤して、いまの社宅から現地の社宅に移ったとしても、期限は2010年頭。
まあ、遠方への転勤の場合は、例外措置もあるんだけど、原則、そういうことになっている。
で、2005年の正月、だったかな。社宅もあと5年しかいられないし、そろそろ持ち家を考えないと・・・というのが発端だけど、実は結婚当初、社宅ではなく、いきなり一戸建て建てよう!なんて言い出したこともあった。
結婚前に一戸建てを建てるのは、いま考えれば危険きわまりないことなので、やめておいて正解だった。
金銭的にもアレだが、お互いの生活リズムや考え方がよくわかっていない新婚当初に家なんか建てたら、使い勝手の面で絶対に後悔する。とくに奥さん不満爆発と思われる。
ま、そういうことで結婚当初から、不動産の広告とかインターネットの情報サイトはよく見ていた。
といっても、本気で家を建てると決断したわけではないから、なんとなく眺めていただけではあるが・・・
で、2005年。
相方の友達が一戸建てを建築することになった。これに触発された相方が、そういえばうちも建てるんじゃなかったのかーと騒ぎだした。
まずは、情報の収集と言うことで、本屋に行って、参考になりそうな本を買ってくる。
建築の実例が豊富なこれ(の2005年度版)とかこれ(の2005年度版)とか。
だいたい2005年の夏から秋にかけての時期かな。このころは、相方の方が、熱かった。
そして・・・
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